ニコ生ハイライト 2017.10.08

『HUNTER×HUNTER』休載を読み解く! 冨樫は「成長しない」って漫画の神様と約束した漫画家 (後編)

『HUNTER×HUNTER』休載を読み解く!
冨樫は「成長しない」って漫画の神様と約束した漫画家 (後編)
【2017/09/16ニコ生記事】

--------------------------------------------

前回に引き続き、今回も9月16日に放送された無料部分から漫画家山田玲司が『HUNTER×HUNTER』休載について語った部分をお届けします。

※前編はこちら> https://yamada-reiji.com/archives/1005

ヒットする要素は「乾いたところに火をつける」ということ

 
山田玲司(以下 山田):
この間『壬申の乱』をテーマにしたテレビ番組見たんだよ。
壬申の乱って皇位継承問題から始まった戦争のこと。
勝利したのは大海人皇子という人で、のちに天武天皇として即位するんだよね。
彼はどうやって勝ったのかというと、不満の溜まってた豪族たちを煽って味方につけたんだ。
この話を解説してた磯田さんという人がいてね、すごくうまいこと言ってた。
「炎上するのは乾いたところなんですよ」と。

 
アシスタントおっくん(以下 おっくん):
乾いたところ?

 
山田:
つまり、不満がたまっていたところ。
そこは潤ってない。乾いている。
つまり火がつきやすい。
だから誰かが声を上げたら「そうだ!」って広がっていく。
暴動や内乱や革命もそうなんだけど、ヒットも同じなんじゃないの?ということなんだよ。

 
おっくん:
なるほど。

 
山田:
ヒットする要素って「乾いたところに火をつける」ということ。
どこが乾いてるのかということを、感覚的にわかっているやつが、ヒットメーカーになるんだよ。
冨樫はこれを実にうまく時代ごとにやっている。
それがすごくおもしろいんだよ。

 
おっくん:
ほうほう! それもっと詳しく教えてください。

 
山田:
『幽☆遊☆白書』でやってたのは天下一武道会だね。
それまでのジャンプスキルといでもいうものが入ってる。
そして次の『HUNTER×HUNTER』
ここで始まったのは、『ポケモン』スタイルなんだよ。
『ポケモン』の冒頭みたいな感じで冒険がスタートするの。

 
おっくん:
ポケモン?

 
山田:
「俺はポケモンマスターになるんだ!」みたいなのから始まる。
で、仲間ができて、ジムみたいなところに行く。
『HUNTER×HUNTER』もそうだよね。
「おれはハンターになるんだ!」というところから始まる。
しかも「父ちゃんもやってたらしいんだ!」そういう漠然としたところがスタート。
これはRPGのスタートと同じだよね。

 
おっくん:
そうですね!

 
山田:
それでそこから始まるのが資格試験なんだよ。
これってのちの「学校内バトル」というジャンル。
『NARUTO』がそうだし『ハリーポッター』がそう。
それまでの物語っていうのは、混乱があって
「外へ出ていけ!」で終わるんだよ。
だから『スラムダンク』の流川はアメリカへ行くんだよ。
最終回は空で終わる。
『ウテナ』もそうでしょ?
外へ出て行って終わる。
でも「外の世界になんて出られません!」って振り切るのがこのあたりなんだよ。
俺と同じ世代だったら、外へ出ようとするんだよ。
だから「行け!現実と戦え!」という展開になる。
俺の漫画だったらそう。

 
おっくん:
たしかに、マダガスカル行きましたもんね。

 
山田:
そう。だからだいたいラストシーンは空なんだよ。
『ゼブラーマン』もそうだし。

 
おっくん:
たしかに!

 

 

絶望感を受け入れたゼロ年代

 

 

山田:
だけど「学校内バトル」というジャンルがでてきた辺りから空なんか見なくなる。
ここで、この中で生き抜くしかないんだ。
なんなら『バトルロワイヤル』みたいに周りの人間を殺してでも、生き抜く。
『あずみ』もそうだよね。
そういう気分っていうのは、結局なんだかんだいって
「塾行かないと、学歴がないと、この世界はダメじゃん」という
「絶望感を受け入れる」ことを良しとした、ゼロ年代の世代に対してすごくハマってる。
これを1998年にやってるんだよね。
翌年から『NARUTO』が始まる。
そして「外へ出ていく」『ワンピース』はその一年前にスタートしてる。
この冨樫の流れはどこに続いているのかというと、『進撃の巨人』だと思う。
中にいたいけど、外から来ちゃうよー!というやつね。

 
おっくん:
ああー! それはキメラアントだ!

 
山田:
そうね。それを時代ごとにやってるんだよ。

 
おっくん:
おおお!ほんとだ!

 
山田:
それを時代ごとにどんどん合わせていく。
チューニングをあわせるように。
違うなと思ったら合わせていく。
だから最初は天下一武道会やってるんだよ。だけどやめちゃう。
実は今『進撃の巨人』も含めてそうなんだけど、「学校の中はもうだめだ」ということで異世界にいってしまってるんだよね。
だからほとんどの作品が今「異世界」なんだよ。
『けものフレンズ』も異世界と言えば異世界でしょ?

 
おっくん:
そうですね。ファンタジーですね。

 
山田:
そもそも、「外にいって活躍する」という日本人の夢が成立してたのって、バブルくらいまでなんだよ。
だから島耕作はロックフェラーセンターを買収する。
外に行くことが成功だったから。
でもそれがだめになってしまった時、その下の世代はどう思ったかというと、とりあえず「いい資格を取ろう」と思ったの。
これが流行るんだよ。とりあえずいい大学に行けなかったら、資格を取りましょうと。

 
おっくん:
うんうん。

 
山田:
『HUNTER×HUNTER』はずっと資格を取ろうとするんだよね。
夢の切符が資格試験で得られるんだよね。
そして時代を追うごとにどんどん殺伐としていく。
望月峯太郎が『バタアシ金魚』でふわっと始まったのが、だんだん変わっていって『ドラゴンヘッド』になっていくでしょう?
ああいう流れ。
ああいう流れをひとつの作品の中でやってしまう。しかも少年誌で。
なんでこんなことできてしまうのか?
おそらく山形出身というのがあると思う。

 
おっくん:
え? 山形?

 

 

冨樫は『サザンオールスターズ』スタイル!?

 

山田:
冨樫は20歳でデビューしてるんだけどね。
大学までは山形に住んでたの。
すぐ漫画家になって上京してから、寝る時間もなくずっと書き続けてるの。
彼はゲームが好きなんだ。
つまり冨樫は山形の風景とゲームしか見てない。

 
おっくん:
へええ!

 
山田:
とくにRPGを作るのが好きなんだって。
『レベルE』の中で、RPGを作る話が出てくるんだよね。
こういうこと、俺たちの世代はまずやらない。

 
おっくん:
そうなんですか?

 
山田:
そうだよ。だって外に出なきゃいけない世代だから。
「ゲームなんて虚像だ。外へ出るんだ!」
という世代なのに、しれっとそこに行けてしまう。
2003年の「キメラアント編」で出て来た「食われる人間」という時代の恐怖感。
その生々しさ。
これが『進撃の巨人』につながるんだけど、この「いよいよやばい時代になるぞ」というのを自分で察知して描いてるんだよね。
あと「閉鎖国家」というのも描いている。
これはまさに日本のことだよね。
そのあと選挙を描いていて、「十二支ん」というやつね。
この時はまさにAKBの総選挙が花盛りの時だよね。
さらにこの後「外の世界は暗黒大陸だ」というのを描いていて、これも『進撃の巨人』と同じだよね。
外の世界は怖いよ~ということ。

 
おっくん:
うーん、そうかあ。

 
山田:
冨樫にとっての外の世界とはどこか?
それはジャンプ以外の漫画業界だよね。
まさに暗黒です!(笑)
冨樫の描くもの、それはミクスチャーなんだ。
以前のこの放送で
「吾妻ひでおを倒したのはマカロニほうれん荘だった。鴨川つばめだった。それはミクスチャー世代の第一世代だった。」
という話をしたでしょう?
あれが『Dr.スランプ』になっていった。
このミクスチャーメンタリティーというのをそのまま受け取ったのが冨樫だったんだ。
冨樫は『サザンオールスターズ』スタイルなんだよ。

 
おっくん:
ええええ!?

 
山田:
ミクスチャーの元ネタがわからないくらい、「冨樫」にしてくる。

 
おっくん:
ああ、なるほど。たしかにそうだ。

 
山田:
サザンオールスターズは、元ネタがはっきりしている。
山下達郎もそう。
でもその元ネタが溶けてわからなくなるくらいオリジナルにしてしまう。
だから初期はネタがばれやすい。
だけどよく見ると「これだな」というのがわかる。
これってヒップホップスタイルなんだよ。

 

 

読者と共にさまよい、読者とともに苦しみ続ける男、富樫

 

山田:
冨樫の描くものって、実はすごくベタで恥ずかしいんだよね。
大人になったら、飛影とかキルアが口にするようなセリフ言うのが恥ずかしいでしょ?
「世界は俺が変えてやる」とかさ。
そういうちょっと中二みたいなやつ。そういう気持ちってふつう俺くらいの年になったら消えてるんだけど、なぜか保持したままずっと着地しないでいる。
そういうのをずっと心の中にいれておくのはしんどいはず。
でもそれができる。
なぜなら冨樫は一度死んでるから。

 
おっくん:
えええ?

 
山田:
いつ死んだのか?『幽☆遊☆白書』の冒頭で主人公は死んでるんだよ。
そしてそのまま「中二の生霊白書」になってる。
主人公はあのあと生き返るんだけど、冨樫は生き返らなかった。
死んだまま、いい意味で「中二の亡霊」のまま、そのソウルを保持してるからロックなんだよ。
これができないから、ふつうは少年誌で描けなくなっていく。
そこのチャンネルいつも合ってないといけないんだよ。
これはすごい大変なことだよ。

 
おっくん:
そうなんだ。

 
山田:
売れた漫画家ってどうなっていくのかというとね、ポルシェ買ってゴルフをやる人生になるの。
間を飛ばして一気に大人になってしまう。
大ヒット漫画家はだいたいそう。
でも冨樫はそれをしなかった。
RPGツクールをやってた。
そのマインドが彼の最大の強さだと思う。

 
おっくん:
なるほどなあ。

山田:
冨樫が売れる理由をまとめると
「読者と共にさまよい、読者とともに苦しんでいる」
これに尽きるね。

おっくん:
いやまさにそれはその通り!

山田:
冨樫の漫画は説教が始まらないんだよね。
ずっと混迷してるから。
『HUNTER×HUNTER』でまっとうなキャラクターを中心に置こうとしてゴンを主人公にしたんだけど、いい子すぎて動かないから、昏睡状態にしたんだと思うよ。
中二っぽいキャラだと立つ。
その方が今の読者に合うから。
それがわかってる。ゴンじゃないんだと。

おっくん:
そう! もうこれ以上ゴンを描けないんですよ。だからクラピカばっかりになる。

山田:
そう。だからさまよい苦しむ。悟らない、語らない。混乱してる。
そして自分はダメ人間だっていう自覚がある。
ここも読者と一緒。
さすがだよね。見事だと思う。

おっくん:
うんうん。

山田:
「愛の才能」っていう歌知ってる?
川本真琴さんが作詞、岡村靖幸さん作曲の歌。
そこに「成長しないって約束じゃん」っていう歌詞があるのね。
冨樫のことを色々考えてて、この曲がすごく浮かんできたんだよね。
冨樫は「成長しない」って約束したんだよ。漫画の神様と。
この曲のなかで「今も勉強中よ」という歌詞も出てくる。
冨樫は勉強中なんです。休ませてあげないと。

おっくん:
なんか悲しくなってくる~。

山田:
同じ時代を同じ漫画家として苦しんできた俺だから、冨樫の気持ちはよくわかるんだよ。
どれだけ大変だったか。
でも彼は漫画家として一番幸せでもあるよ。
だって「次どうなるんですか?」って聞かれるからね。

 

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

ページトップ