コラム 2017.08.03

【第78号】クッキングパパと島耕作は「ドラッグ」か?

山田玲司のヤングサンデー 第78号 2016/4/4
クッキングパパと島耕作は「ドラッグ」か?

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先週テレビで漫画家のうえやまとち先生を見ました。
言わずと知れた国民的人気漫画「クッキングパパ」の作者さんです。
この漫画は僕がデビューした頃のコミックモーニングで連載が始まって、未だに連載が続いているという超絶的長期連載の漫画です。
クッキングパパとジョジョの共通点
僕はうえやま先生には会った事がなく、初めてその姿を見たわけなんだけど、想像通りの「いい人」に見えました。
料理好きなお父さんとその家族の他愛ない日常が描かれているその漫画は、ほとんどの場合「料理が美味しいから幸せ」というオチで終わります。
それだけではなくて、その「美味しい料理」はうえやま先生の考案の料理で、うえやま先生が実際に作ってから漫画に出てくるわけです。
そしてその料理のレシピが載っているのもこの漫画の売りの1つとなっています。
そんな漫画についてうえやま先生は言うのです「ドラマ作りは、登場人物に何か不幸があったほうが作りやすいんですけど、そういうのをしたくないんです」と。
「幸せな家族が、もっと幸せになって終わる漫画があってもいいと思うですよね」と言いながら、自分の漫画のマンネリを笑ううえやま先生。
この「幸せから、もっと幸せへ」という幸福感の上昇ラインは、ジョジョの奇妙な冒険の荒木先生が言っていた「主人公は常にプラスへ向かう」というメソッドと共通しています。
主人公が壁にぶち当たって負ける(マイナスになる)なんて辛い展開は基本的にやってはいけない、と言うのが荒木流「アゲアゲ」のメソッドです。
この2つの漫画の大ヒットは、それがある種の効果を持っていることを証明してます。
「読むと元気になる」のはいいけど問題
そんなクッキングパパの掲載されているコミックモーニングには「読むと元気になる」と書いてありました。
おそらく今もこれがこの雑誌のコンセプトなのでしょう。
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確かに僕も「読んだら元気になりたい」とは思うし、そういう漫画を描いていきたいとは思うんだけど、デビュー当時の僕はこのフレーズに「かなりの不満」を抱えていました。
バブルだった当時の日本では、サラリーマンが元気に働いていて「この世の春」を謳歌しているように、当時の僕には見えていたけれど、そんな日本のサラリーマンの「横暴」が社会問題になっているのも聞いていたわけです。
具体的に言うと、日本でエビを安く売るためにアジアのマングローブの森が大規模に伐採されてるとか、現地では貧富の差が拡大して、それまで食べられていたエビは日本に売られてしまうので、貧しい子どもたちはエビの頭だけを食べている、みたいな情報が入ってくるわけです。
ミハエル・エンデの「湖でその日食べるだけの魚を採って、つつましく暮らしていた村に銀行ができると魚がいなくなった」という類の話です。
銀行が村人に、もっと効率よく魚を採って豊かになれるように大きな船を買う事を勧めて、お金を貸すので、村人はその返済のために過剰に魚を採り続けなければならなくなるからです。
当時はチェルノブイリがあったのに原発は推進され、好景気なのに「国債」は発行されていました。
当時の(名もなく貧しい)僕は、そんな大人のサラリーマンが馬鹿みたいに浮かれているのを見て「そんな連中を元気にしていいのか?」と、本気で怒っていたわけです。
島耕作という「アゲアゲ」
そしてモーニングにはもう1つの「王道アゲアゲ漫画」があります。ご存知「島耕作シリーズ」です。
島耕作もクッキングパパも、どちらもサラリーマンが主人公なのですが、島耕作の方は「家族を幸せにすること」に失敗したままビジネス界の「昇り龍」となっていく話です。
クッキングパパが毎度同じような役職なのに対して、島は「もっともっと」とステイタスを上げていくわけです。金と女と権力の世界です。
こっちは「終わらない高度成長の物語」というわけで、これはこれで日々の辛さを忘れさせてくれる「大人のファンタジー」というわけです。
そしてその2つの漫画には「アゲアゲ」の中に込められた社会問題に対するアプローチもあったわけで、今思えば闇雲に否定するには早いのですけどね。
漫画は娯楽なのだから、いくら都合が良くてもアゲアゲで元気にしてくれなきゃダメだろう、というもよくわかります。
これはいつも言っているコンテンツの「麻酔要素」だから、それはそれで必要だし、これがないと苦しくて読み続けられない人もいるんです。
日本では酒とタバコという2種類のドラッグが合法とされているけれど、あえて言うと「クッキングパパ」は「仕事の後のビール」みたいなドラッグで、島耕作はイライラを落ち着かせてくれるけど、身体を蝕む「タバコ」みたいなものでしょう。やりすぎると問題も出てくるヤツです。
クッキングパパに関しては、やりすぎても問題はない感じがするのは、その暮らしが身の丈の幸せを描いた「持続性可能」な物語に見えるからです。
とは言え、明らかに崩壊しまくっている多くの日本人の家族を前にすると、これもまた「ファンタジー」に見えてしまうんですけどね。日本人はこういうサザエさん的な「もう1つの日常」は常備薬になっているのかもしれません。
「そろそろ目を覚ませ」から「具体策」の時代へ
「読んで元気になってる場合じゃねえ!」とか言っていたのが80年代の終わりの僕だったんだけど、ここに来ていよいよ「考えないできた問題」が猛然と現実に襲いかかってきています。
こういう時代にファンタジーを描くのは大変です。宮﨑駿氏もそれを言っていましたね。
「こんな事態になる前になんとかしなければならない」という「警鐘の時代」「日々を様々な麻酔コンテンツで誤魔化していられた幸福な時代」は、とうとう終わってしまったのです。
「目を覚ませ」なんて言われなくても、みんなこの「ヤバい感じ」がわかっているのです。
「ビール」でも「タバコ」でもごまかせなくなってしまった時代なのです。
クッキングパパの世界は素敵だけど、現実にああいう暮らしができる人は少ない・・というかほとんど見たことがない。
それは「癒やしのビール」としては価値があると思うけれど、この先はもう「あの頃の夢」ではなく「具体的な行動」や「本当の価値」みたいなものが必要なのだ。
先週の放送で話していた、ピクサーの新作「アーロと少年」に感じた違和感は、いまだに「過去の価値観(家族絶対主義)」が強く描かれていた点で、時代の先端にいる表現者は「その先」を描くことに挑んで欲しいと思うからなんです。
もし、みんなが幸せになれる暮らしがあるとするなら、それは常に「あの頃の形」ではない。
それが理想だとしても、全ては否応なく「変化」してしまうからです。
それならば今後必要なのは「あの頃の夢」が描かれた漫画ではなく「現実を変えるヒントが込められた漫画」だと思う。
僕はずっとそういうもの(漫画、文章)を描いてきたし、今後も描いていきたいのです。
そんなわけで、スピリッツで始まる漫画も「そういう漫画」にしようと格闘してます。
もう1つ準備中の漫画は、初の「百合だけのエロ作品」でこれもまたすごいやつです。
どちらももうすぐ公開なのでお楽しみに!
僕を応援してくれているセンスのいい皆さん、ホントありがとうね。
いよいよ俺の時代が来るぜ!

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来月発売の新書「年上の義務」と「見下すことから始めよう〜中2でなければ生き残れない〜」もよろしくね。
やばい。宣伝が多すぎた。
では、花粉にめげず、今週も頑張ってね!
 山田玲司

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企画編集:山田玲司
矢村秋歩
発  行:株式会社タチワニ
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