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コラム 2017.08.23

【第97号】シン・ゴジラの正しい叩き方

山田玲司のヤングサンデー 第97号 2016/8/15
シン・ゴジラの正しい叩き方

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この夏の最大の祭りは何か?
何て言うと、本当の所「人それぞれ」なんだろうけど、どうにも僕の周りの「オタク界隈」の人達にとっては今年の夏は「ゴジラの夏」になったみたいだ。
シン・ゴジラなる映画は確かに圧倒的だった。
その圧倒的なる理由は「私の好きなことだけしか描かない」という、総監督庵野秀明氏のブチ切れんばかりの「利己的情熱」に支えられているのは間違いない。
もちろん「核」や「官僚組織」などにに対する辛辣な風刺や、隠されたメッセージなんかも「世の中のため」みたいな感じではあるんだけど、僕が受けた印象は「うるさい黙れ、これがゴジラだ」という強烈な「庵野専用ゴジラ」に見えた。
ファミリーだのカップルだの「お客の層」の問題など、おかまいなしで、「自分が観たいゴジラ」を全力で(楽しみながら)作ってる。なんだか「爽やか」でさえある。
今回のシン・ゴジラの興行的成功の原因は「そこ」にあるだろう。
お客やらスポンサーやら「どこどこの偉い人の意見」なんかは切り捨てなければ「面白いもの」なんかできない、という「当たり前の話」を庵野総監督は証明してみせたわけだ。
はるか昔に「この問題」に気がついたルーカスやスピルバーグは、自分たちの会社「ドリームワークス」を立ち上げて、作品を台無しにする「その他の人達(スーツ野郎)」を排除している。そうやって彼らは自分達の映画を守ることに成功していたのだ。
これは、正しい意味で「大人(スーツ)は信じない」というマインドだ。
とは言え、今回の「シン・ゴジラ」は、多くの「スーツ」の協力がなければ完成しない状況が垣間見え、その中でいくつかの「苦渋の決断」もあったのだろう、とも感じた。
そもそも庵野総監督のヒーローは「ウルトラマン」と「仮面ライダー」だと聞く。
学生運動の挫折が産んだ時代の空気の中で生まれたそれらのヒーロー達は、基本的に組織に属さない。
ウルトラマンに関しては「仮の存在」として科特隊にいるだけで、ウルトラマンは恐ろしく孤独な存在だ(後にファミリーが合流するけど)
仮面ライダーやデビルマンも、小さなサポーターはいるものの(矢吹ジョーも)かなりの孤独を抱えて戦っている。
彼らの敵は、自分でものを考えれれない「組織のものたち」だった。
これはまさに「スーツ」(サラリーマンや役人)の象徴だったのだ。
今回のシン・ゴジラはそんな「組織」の内部が描かれている。
仕方なく入った問題だらけの組織だけど、ここでしか物事は解決できないじゃないか、という大人の視点がそこにはある。
男女関係や親子関係など、「暮らし」や「情念」に関する多くの要素を思い切り切り捨てて、総監督が描こうとしたのは「その部分」だと思う。
そういう意味では「大人はみんな汚い!」と叫ぶだけのステージを超えて「次の具体的な戦い」について描いたとも言える。
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面白いのは、庵野氏の「庵」という字は「隠遁(いんとん)者また僧尼の住む家」という意味がある。庵(いおり)なので「世捨て人の仮住まい」という意味でもある。あの方はもう名前からして「世の中」を捨てているのだ。
そういう意味では、妻になる人が同じ世捨人稼業の漫画家なのは腑に落ちる。世捨人の気持ちは世捨人でなければわからない、なんて話はよく聞くからだ。
「庵」が「引きこもり」だと解釈するならば、彼はまさに90年代以降のクリエーターだ。
90年代以降の日本には、リアルな「暮らし」も「共同体」も消えてしまっていて、考えなければならないのは「その先」だからだ。
だとすると、シン・ゴジラのゴジラが「海街ダイアリー」の舞台の鎌倉を破壊しまくるのは象徴的で興味深い。あの作品は「暮らしそのもの」が描かれているからだ。0年代に流行った「仮の家族」のささやかな暮らしを無言で踏み潰すのがシン・ゴジラなのだ。
「そんなのウソウソー」とばかりにゴジラは容赦なく「ささやかな暮らし」をぶち壊すのだ。
それはともかく、「庵野総監督が、やりたいようにやった(感じに見える)シン・ゴジラ」は、日本中で絶賛されている。
これを観た多くのクリエーターは激しい嫉妬をしているだろう。もちろん僕もその1人だ。
おまけに「言いたいこと」が沢山あっても、自分が「作り手」の1人である以上、何を言っても「負け犬の遠吠え」になってしまう。
なので、今回の「シン・ゴジラ考察」をするべきか、実はかなり悩んでおりました。
叩きたい人は叩けばいいけど、作り手の人間がそれをしたら嫉妬にしか見えないし、欠席裁判みたいなのもしたくない。
そもそも言いたいことが言えない状態で「考察」なんてできないのだ。
まあ、そんな青臭い自意識を優先して「シン・ゴジラ語ってよ」と言ってくれてる人達の期待を無視するのも情けないんで、やったわけですけどね。
正直な話「シン・ゴジラ」で叩きたくなる部分は沢山ある。
では、この場合の「正しい叩き方」は、どんなものだろう?
どうしてやりがちなのは、そんな状況に至った「今日までの自分」を叩くことだろう。
「あいつ(庵野秀明)はやり遂げた、なのになぜ自分はできなかったのか?」という、一見建設的な検証だけど情けないヤツだ。
それもいいけど、ほどほどにした方がいいだろう。
どんな人間も本当はわかっていて、それでもできない事だってあるからだ。
歴史的に考えると、絶賛されるコンテンツが生まれた時、嫉妬と憧憬の入り混じった心を抱えて、それを観た「作り手の人間」は、心の中でこんなふうに考えていたのだと思う。
「私ならもっと面白くできる」
・・と。
ディズニーを観た手塚治虫も、手塚治虫を観た藤子不二雄も、黒澤を観たルーカスもそうだったはずだし、庵野氏自身がまさに「そういう人」だったはず。
彼らはその思いを「コンテンツ」にした人達で、そこが偉大なんだよね。
今回の放送で僕は「コンテンツで答えを出した庵野総監督を尊敬する」みたいな事を言っていたけど、作り手がするべき最良の手段は「それ」なのだ。
そして「その行為」は先代に対する敬意ある「正しい贈り物」になる。
嫉妬や挫折感は自分の燃料にする。
なんかこの話、好きな男を他の女に取られた女性が「この経験でもっと素敵な女になってやる!」なんて言ってるみたいな話だ。
でもそれはとても健全な方法で、良くなるのは「自分の未来」なんだよね。
庵野秀明という人には会った事無いけど、この夏は彼に「とてもいい贈り物」をもらった。
この、恐ろしくワガママな作りの「いびつな贈り物」は、しばらく「いい燃料」になりそうだ。
では今月から次々と「僕からの贈り物」をお届けします。
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では皆様、クーラーとかに気をつけて!  風邪ひくなよ!
 山田玲司

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企画編集:山田玲司
矢村秋歩
発  行:株式会社タチワニ
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