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コラム 2017.09.13

【第118号】ラッセンはどうしてバカにされるのか?

山田玲司のヤングサンデー 第118号 2017/1/16

ラッセンはどうしてバカにされるのか?

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先週は「ざっくり映画史」をやりまして。

自分と同じような映画の勉強をしていた久世が来てくれていたので「みんなにわかるように」とか言いつつ、気がついたら専門的な話になりそうになってまして。
そこにおっくんとシミちゃんが「それ知らないっすよ」って言って。
結局「こんなことも知らねーのか、こら」なんて、この企画では言ってはいけないことを叫んではモメる、というコントみたいな放送でしたけど、そこそこ面白くやれたと思います。
特に面白かったのが、やれ「ヌーベルバーグ」だの「エイゼンシュテイン」だの言ってて、最後に僕が誕生日プレゼントに「ラッセンのジグゾーパズルを頂く」というくだりでした。
もちろん僕はその時まで、自分がラッセンのジグゾーパズルを頂くことになるとは思ってもみなかったわけです。
なにしろ、このタイミングでの「ラッセン」です。
キラキラの画面にイルカやら熱帯魚やらが乱舞する「アレ」です。
バブル後期に詐欺みたいな売られ方をしたとかで、困ったイメージもある彼ですけど。
とりあえず人気のある人ですね。
そして、アートスクールとかサブカル系の集まりとか、その界隈以外でも、1番バカにされている(相手にされていない)のに「売れてる画家」が、ラッセンです。
先週の放送では、さんざんクロニクルをやった後に、絵画史から完全に浮いている「お土産屋さんのイラスト」と揶揄されてきた「ラッセン」の登場だったわけですね。こういうのはいいですね。
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〜私の中のラッセン〜
ラッセンの絵が「アートなのか?」なんて話はさておき。
あの絵が「安っぽい」とか「嘘くさい」とか言う前に、何で「そんな絵」が売れているのか?ってところが興味深い。
ラッセンの絵は「ヤンキー好み」と言われることが多い。
一時期よく見た、スモーク貼りまくったでかいワゴン車に描かれた「工藤静香」とか「南の海に沈む夕日」とかのアレ的なものに類する、って話です。
デコトラに描かれた鯉だの龍だの虎だの弁天様だのも同じ仲間でしょう。みんなキラキラです。
「歌舞伎」や「ねぶた祭りの絵」に通じる「かっこよさ」なのでしょう。
ヤンキーと付き合いが長いのでよくわかるんだけど、彼らはとにかく「素直」です。
パッと見て「かっこいい」とか「きれい」とか思ったら、それが世間的にどういうものだろうが、クロニクル的にどうであろうが「好き」と言う人が多いのです。
これは、人にバカにされないように必死で「イケているもの」を探しているサブカル村の人たちにはない強さです。
そして、そんなアート村の空気やら何やらを超えて、今思うのは「好きなものは好き」という素直な感性って「とても良い」って事です。
素直すぎるので「これはアートとして価値が合って、資産として買うべきです」なんて、綺麗なお姉さんに言われると「そうかも」なんて、自分の収入に見合わない大金で絵を買わされてしまったりもするわけです。
それは困った話ではあるんだけど、映画にしろ絵画にしろ「これを好きなヤツはイケてる」なんてものに振り回されて、本当は好きだと思っているものをないがしろにするのは悲しい。
何を言われようと「私はイカ飯が好き」と言って物産展を追いかけるカッキーや「ナガブチで号泣」するおっくんのような素直さは、ある種の強さで、大事だと思うんです。
僕だってラッセンの絵に描かれているものは大好きなものばかりです。
イルカにシャチにウミガメに美しい波に月ですよ。嫌いなわけがない。
あまりに過剰サービスなので、イクラとウニとキャビアと大トロの海鮮丼みたいですけどね。
私の中にもラッセンがいて、「あれはあれでいいじゃん!」とも言っているわけです。
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〜ラッセン差別以降〜
僕は美大という「アートの村」にいました。
そこではみんなが「私はセンスいい」と言っていたので、自分もそんな空気にやられて「知ったかぶりの痛いサブカル20代」を過ごしてきました。
なので、付き合った彼女の部屋に「ラッセンの絵」などがあろうものなら「ああ、こっちなのか」なんて偉そうに、勝手にがっかりしたりしてました。
でもそんな「私はセンスいい」という武装をしている時代が終わると、素直にラッセンを好きだと言える人っていいな、なんて、これまた勝手に思うようになる。
そんなこんなで、今の僕が部屋にラッセンを飾るか?と言えば、好んでそれはしません。
何だかんだ「知識武装」だの「俯瞰願望」だの「素敵なもの探し」だのを続けているうちに、深い部分で自分が「本当に好き」だと思えるものと出会えたからです。
なので、僕の寝室には「マチスの切り絵」と「後期ピカソの鳩の絵」が飾ってあります。
その絵は単に「ええやん」という素直な感覚や「これ飾ってたらセンス良さそうでしょ」みたいなのを超えて「好き」なのです。
両作品には「死」や「個人的情念」を超えた「祝福」があると感じたんだけど、とにかくそんな理屈を超えて、いつも見ていたいんですよね。
〜「どう思われるか?」が奪う幸せ〜
今回取り上げたエヴァンゲリオンでは、とにかく「人からどう見られるか?」という問題(自意識問題)がやたらと出てきます。
「人にバカにされたくない」という感情は当然の感情です。
でも「こんなのが好きだってばれたらかっこ悪いから止めよう」というのは、もったいない。
素直に「ええやん」って言えないなら、隠れて「密かに楽しむ」ってのもいいと思う。
そんな風に、自分が素直に「好きだ」と感じるものを追いかけて行くと、いずれ「本当に好きなもの」に出会えるはずです。
ラッセン好きの人をバカにして嘲笑っているだけより、素直に自分が好きだと思えるものを探す旅を楽しんで欲しい。
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〜「宝探し」と「宝作り」〜
自分の為の「お宝」を見つけたら、今度は誰かのための「お宝」をプレゼントを作るのもいい。
ゴダールやタランティーノが偉大なのは、最初は「一映画マニア」だったのだけれど、「自分の為の映画思索」から「こんなのどうです?」という、自分がいいと思う映画を作って発表するようになったことです。
どこかのレストランで「とても美味しいもの」を頂いたら、今度は自分が「美味しいもの」を作って誰かをもてなす、みたいな感じですね。
僕が漫画家になったのは、お宝だと思える漫画に出会ってすぐに「自分も描きたい」と思ったからです。
人生の楽しみは「宝さがし」と「宝作り」なのです。
その「宝」は「思い出」とか「友達」でもいいんだけどね。
それにしても「イケてる先輩の話」をするのは楽しいよね。
またこういうのやりますね。
では今週も変なウイルスにはお気をつけて。

山田玲司

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企画編集:山田玲司
保田壮一
発  行:株式会社タチワニ
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