絶望に効くお薬処方箋 漫画家 山田玲司 公式サイト

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コラム 2017.09.26

【第131号】嫉妬の処方箋

山田玲司のヤングサンデー 第131号 2017/4/17

嫉妬の処方箋
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なんだかんだ言って。
「嫉妬」ってのはカッコ悪いもんです。
なのに、どうしても抑えられないのもまた「嫉妬」ってやつで。
できれば、あらゆる事や人に対して「いいですね、良かったですね」なんて言えれば問題はないんだけど、そうもいかない。
まあ、どんな人でも、誰かが「自分が欲しかった容姿」を持っていたり、「高い評価」や「素敵な恋人」や「最新のガジェット」やら何やらを持っていたら、気になるのは当然でしょう。
とはいえ、「羨ましく思える誰か」と、自分を比べても「幸せになれる事」なんか基本的にない。
そんな事は頭ではわかっていても、人と自分を比べては「嫉妬」してしまう。
昔どこかで書いたけど、お坊さんが、きつい修行をして「煩悩」を消していくと、最後に残る煩悩は「エロ」でも「食欲」でも「お金」でもなくて、「嫉妬心」だった、なんて話を聞いたことがあります。
そして僕もまた「自分よりも評価されている作品」に、一々「嫉妬」していた人間でした。
先週の放送で「この作品を取り上げて欲しいリクエスト」を受けていて、そのあたりのことを色々考えてしまいました。
僕にも「好きではない作品」は沢山あって、それは主に「自分の作品より底が浅いのに、自分よりも売れているモノ」です。
もっと正確に言えば、「自分の作品より底の浅い作品」が評価されることに耐えられなかったのです。
僕の作品の評価基準は「どれだけ深くテーマを掘り下げているか?」であって、ルックや技術や快楽要素(かっこいいとか、かわいい、とか)ではないんです。
でも世の中は「深さ」だけを基準に評価を決めているわけではないんですよね。
それがわからなかった時期はもう大変でした。そのピークは大学を出て数年の間で、売れてる漫画家(アニメ作家など)に対する「嫉妬」は、評価してくれない「社会への絶望」に変わり、それこそもう「みんな死んでしまえ」と思いながら生きていました。
その後も僕の作家人生は「大ヒット」ばかりが続いたわけじゃないので、事あるごとに「これだけ頑張って、素晴らしい漫画を描いているのに、なんであいつらの漫画ばかり認められるんだ」なんて、苦しんでいたわけです。
そんなこんなで、僕には「大ヒット作なのに観てもいないコンテンツ」が多いんです。
もし、(エヴァみたいな)「みんなが大好きだって言っている、大ヒット作」を観て、それが底の浅い「幼稚な作品」だったら、僕も「底の浅い幼稚なモノを描かなければ認められないのか」なんてどうしても思ってしまうので、それは避けたかったんです。
そんな「嫉妬バカ」だった僕の心を変えてくれたのは、井上雄彦との出会いでした。
その出会いは、たまたま自分の漫画(Bバージン)が少し売れていた時期で、他の漫画にも比較的寛大に観られることもできた、僕の人生では「珍しい時代」でした。
その当時(90年代初頭)、僕の友人の漫画家(主に少女漫画家)たちが、スラムダンクの話で大騒ぎしていました。
「なんとか作者と友達になりたい」なんて、みんなが言っていたのです。
僕の方は「ふうん、そんなヤツがいるんだ」なんて冷めていたんだけど、実際会ってみると、この井上雄彦という男は、なかなか「面白い男」でした。
ご存知の通り、彼はその時期「日本で1番売れている漫画家」で、その後も鳥山明先生と共に「日本の漫画の頂点」にいた男です。
普通だったら、そんな男には会いたくなんかない僕ではあったけど、井上の持っている何か「誠実さ」のようなものに魅力を感じて、僕は彼と仲良くなったわけです。
そこからはもう、本当に長い付き合いになるんだけど、彼と同じ時間を過ごせば過ごすほど、「こいつはどうやら本物だ」と、(偉そうに)思ったわけです。
とにかく、彼は漫画に妥協をしない。テンプレで作られた「浅い漫画」は描きたくないと思っていて、「いいもの」を作るためには、自分のプライベートを平気で犠牲にして、限界まで戦うのです。
限界まで描いて、気を失うように机の下に倒れて、そのまま寝る、みたいな、手塚先生みたいな事をする「とてつもない努力家」でした。
彼と会ってからは、仕事中に「今日はもう仕事を終わりにして、みんな(アシスタントと地元の友達)と遊んでもいいかな」なんて思いつつ「でも井上はまだ仕事しているんだろうな」なんて思うようになったのです。
彼のおかげで、自分より努力している人が沢山いて、その中には「正しく」評価されている人もいる事を知ったわけです。
もう1つの節目は、取材で色々な世界の人と会う機会が増えたことでした。
そこでわかってきたのは、一見「底の浅いビジネス」に見えるコンテンツを作っている人も、その裏で凄まじい格闘をしていて、傷ついている人も多いってことでした。
ララランドのセブの様に、妥協を受け入れながら必死で理想を追っている人も多くて、その評価もほとんどが「運」で決まるのです。

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〜「運」の扱いかた〜
まあ、そんなこんなで、今はもうヤンサンで「大嫌いだったエヴァンゲリオン」を毎週語ったりできるくらいの「気持ち」まできたのです。
成功できない人に対して「そいつはバカだから」とか「要領が悪すぎるから」と、簡単に言う人もいるけれど、そんなに世の中は単純とは思えません。
確かに「要領」や「人脈」なんかで、成功の確率を上げることはできるけど、最後はどうしても「運」の要素が大きく感じるのです。
この「運」を良くするためにするのが「試行錯誤」だし、「努力」で、その中には「要領の良さ」や「人脈を大事にする」ことも含まれる、ってことなのでしょう。
俺には運がない、と言っている人の中には、自分に風が吹いてきた時のために「船の帆」を張る準備ができていない人が多い気がします。
〜「嫉妬」は仕方ない?〜
とにかく「限界まで努力した人」が、誰かに「嫉妬」してしまうのは、仕方ないことです。
でもそういう人はいずれ嫉妬の対象に対して「あいつも大変だったんだろうな」と思える「強さ」を手にできます。
問題は「やれるはずの努力」をしなかった人の「嫉妬」です。
そういう人は、「そんな(行動できない)自分が許せないから、人を許すこともできない」というループにハマっているので、困りモノなのです。
なので、「嫉妬」問題の処方箋は、「自分はやれるだけの事はしている」と言えるくらいの試行錯誤や行動をすることだと思います。
「あとは神の気まぐれを待つだけだね」なんてところに到達してれば、誰が成功しても、比較的平穏でいられるものです。
なんて偉そうに書いてますけど、僕もまだまだ「嫉妬時代」残像が消えてはいません。
「こんなのが売れてしまうんだ」という、絶望的な厭世気分もです。
でも、今回色々な作品のリクエストを聞いていて「もうそういうのすら許せる自分がいるんだな」なんて、ちょっと思いました。
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〜自分も嫉妬されている〜
嫉妬は「自分が持っていない部分」を持っている人にすることが多いけど、相手も同様に「持っていないもの」はあるわけです。
そして「すごい美人」や「すごいお金持ち」と会って思うのは、その人たち皆が皆「すごい幸せ」を感じているわけではないって事です。
成功者の多くは孤独です。
もしかしたら僕ら(すごくない人たち)は、彼らが欲しいものを、沢山持っているのかもしれない。
こういうタイプの「結論」は、最近は減ったよね。
でも、「持っていないもの」で凹んで生きるより、「持っているもの」で楽しく生きた方がいい。
おそらく「死んだ人たち」は、生きている僕らに「嫉妬」しているはずだからね。
生きている僕らは、「嫉妬」は「やる気燃料」にして、「進む」のが正解!
では皆様、今週も頑張ってね!

山田玲司

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企画編集:山田玲司
保田壮一
発  行:株式会社タチワニ
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