コラム 2017.09.11

【第116号】「死ぬまでにやろう」という悪魔の話

山田玲司のヤングサンデー 第116号 2016/12/26
「死ぬまでにやろう」という悪魔の話

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「この世界の片隅に」という凄まじい映画体験がずっと頭に残ってまして。
中でも頭に残っているのが、原作のこうの史代さんが語っていた「自分にとっての広島」についての話です。
広島で生まれ育っていたのに、ずっと向き合うのを避けてきた「原爆」について描いてみようと決めたことについて「夕凪の街」という漫画のあとがきで書いているんですよね。
「あったこと」なのに、自分を含めてみんなが忘れていく、遠い出来事になってしまっていることについて、広島の漫画家として避けることはできない、と思って描いたのが「夕凪の街」や「この世界の片隅に」だったわけです。
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「私にとって避けては通れないモノ」は誰にでもあると思う。
凄く好きなジャンルだったり、それについて個人的な経験があったり、何らかの縁があったりして「いつかやらなければいけない」と思っているやつです。
「まあいつかやればいいか」なんて先送りしつつ、頭の片隅にどこかにあって「このままだと死ぬまでやれないかもよ」なんて時々自分を責めてくる「あれ」です。
ちなみに師匠の江川達也さんは教師をやっていたんだけど、教師の漫画は描きたくなかったと言っていました。
それを当時の編集者が「教師を描くなら連載させてやる」と言って、江川さんは教師ものの漫画でデビューしたわけです。
「教育」に、ただならぬこだわりを持っていて、教師を辞めた経験もある江川さんにとって「教師もの」は「避けては通れぬもの」であり、結果作品(BE FREE)は大ヒットして、彼は最高の漫画家キャリアを始めたわけです。
「教師もの」を持ちかけた編集者も見事だし、それに応えた江川さんも正しい。
その時もし江川さんが「教師の漫画だけは描きたくない」なんて言ったら、彼はこれほどの成功を納めなかったと思う。
そして、こうの史代さんに「ヒロシマ」を描くことを持ちかけた編集者も正しい。
そんな話を話していたら「 山田さんにとっての、避けられないものって何なんですかね?」と担当の熊ちゃんが言った。
うーん・・・
ウルトラマンだの仮面ライダーだのに「地球を救え」と刷り込まれたことかもしれない。
でもそれは「ゼブラーマン」で描いた。
環境問題は「ココナッツピリオド」とか「資本主義卒業試験」や「Bバージン」で描いた。
「売れるものがいいのか?いいものって何か?」みたいな「アートと産業の相克」については「NG」や「アリエネ」で描いた。
でもそれらは僕にとって「描きたいもの」や「描かせてもらえるもの」で、「避けられないもの」ではない気がする。
この違いは大きい。
「美味しいお菓子が作れるから、お菓子ばっかり作っているけど、本当は香川県の生まれで、うどんがどうしても作りたかったお菓子屋さん」みたいなことかもしれない。
そんな人が病気になったら「やっぱり、うどんが打ちたかった・・」なんて思うかもしれない。
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これを読んでいるあなたには「避けられないもの」はありますか?
「いつか、うどんを・・」と思いながら、お菓子ばかりを作っていたら、今年が終わってしまった、なんてね。
僕を含めてほとんど人が「そんな感じ」で年を重ねるわけですけどね。
経済状態が良くないだの、時間がない、だの言っているうちに「避けたまま」で人生が終わるのは面白くないよね。
「避けられないこと」っていうのは、その人にとっての「人生のテーマ」みたいなものなのかもしれない。
子供時代に遊んだ里山が開発で壊されていくのを生涯をかけて防ごうとするおじさんとか、祖父は連れて行ってくれた劇場の復興に命をかけるおばさんとか、そういうタイプの人は「避けられないこと」に向き合う覚悟が出来た人なのかもしれないんですよね。
それは何かしろの「社会貢献」でなくてはいけない、というわけではなくて、ほんのささいなことでもよくて、自分にとって「無いことにはできない」と思っていることだと思う。
去年から続く「スターウォーズ」シリーズを観ることが「避けられないこと」だったり、騒がれなくなった「今年のボジョレーヌーボー」が「避けられない」人もいるでしょう。
「自分とは何か?」なんて事の答えは簡単には出ないけれど、「これだけは避けられない」と思っていることから「自分」ってのがわかる、ってのはあると思う。
大げさに言えば「天命」みたいなものもその辺りにある。
「自分は何のためにこの世に生まれたのか?」なんて、簡単にはわからないけれど、「これは避けられない」と思うモノの中に「その答え」はあるのと思う。
そして「そんなものは死ぬまでにやればいいじゃないか」と囁く悪魔がいる。
僕はその悪魔に弱い。
でもね、人生は有限。「避けられないこと」に挑む時、人はそれまで以上の力を発揮する。
そんなこんなで、今年本格的に始めた「絵本」の制作は絶好調です。
2004年のこうの史代さんが「これは避けられない」と、決断したおかげで、今年「この世界の片隅に」という傑作が誕生したんだもんね。
そんなわけで後は年越しの放送を残すのみとなりました。
今年も沢山ありがとう!
おかげさまで2016年は久しぶりに満足いく年になりました。
絵本は春には出る予定です。
この先も「ご機嫌主義」で行きますよー!!
 山田玲司

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発  行:株式会社タチワニ
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