絶望に効くお薬処方箋 漫画家 山田玲司 公式サイト

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コラム 2017.08.22

【第96号】語られない「ドラクエライブ」と「シンゴジラ」と「その時」の話

山田玲司のヤングサンデー 第96号 2016/8/8
語られない「ドラクエライブ」と「シンゴジラ」と「その時」の話

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「シンゴジラ」と「ポケモンGO」で大騒ぎの夏ですね。
そんなこんなで、多くの人がバーチャル世界でああだこうだ言っている間に、世の中はまた1つ確実に「深刻な方」にコマを進めました。「こういうのには慣れた」と言いつつ、本音を言えば「この先の世代に申し訳が立たない」という憂鬱な気分と戦っています。
何も「世界の全てが自分の責任」ってわけではないんだけどね。
それこそ「中2マインド」なわけで、「俺が世界をマシにしなければ」という思いだけは抱えて生きていかないと「中2魔王」失格ですからね。
それにしても「ゴジラ」はメタファーかもしれないけど、四国の原発の下に蠢く活断層は現実そのものなんだよね。
僕は東北も好きだけど、四国も九州も大好きなんだよ。瀬戸内海のタイは本当に美味しいんだよ。
ドラクエライブの変な空気
そんなある日「ネタになるから観てくれば」と、さとひゅからチケットを貰ったので、ドラクエの舞台を観てきました。
あの国民的RPGの舞台化で、しょこたんも出てる。大バジェットの豪華な公演で、宣伝もそれなりにすごかったけど、その話は全然聞かない。(少なくとも僕の周囲では)
行ってみると確かに豪華な舞台だった。歴代のドラクエキャラが勢揃いしてバトルをキメてはお馴染みの「勝利のSE」とか「レベルアップのSE」とかが流れる。
ストーリーはドラクエ3をベースに原作を裏切らないように作ってあるし、ドラクエ5のヒロインを使った「ちょっとしたヤバイ試み」までしてくれている。
隅々まで「ちゃんとした仕事」をしている舞台だった。
それなのにどうも乘れない。
僕だけなのか?ドラクエの発売の時に子供じゃなかったからか?いや、それなりにドラクエはリアルタイムでやってきたし、ドラクエを作った堀井雄二さんにも会いに行ったくらいドラクエは好きだ。
(メガテン派だけど)
結論の1つを言ってしまうと、ドラクエというシリーズがそもそもユーザーの「個人的思い入れの強いコンテンツ(自分が主人公だから)だ」という事に応えようとしすぎるあまり焦点がボケてしまっているのだ。
長いシリーズのどの話にいつハマったのかが世代ごとにそれぞれ違うので、40代の人はファミコン版には入れても最新のドラクエビルダーズやヒーローズとかになると着いて行けない感じになるし、その逆の子供たちもいただろう。
そんなこんなで、盛り上がるのはライダーやウルトラマンのショーみたいな「歴代キャラ集合」の時だけで、「世代間の壁」がせっかくの祭りを「変な空気」にしてしまっているのだ。
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その後に観たのが「シンゴジラ」だったのもあって、ドラクエ舞台の制作チームが気の毒に感じた。
「ゴジラ」はすでに古典的存在で、その時代の製作者もリアルタイムで観た世代もその多くが、はるかに昔の人達だ。
おまけに「もう味がしないくらい」各世代のスーツがさんざん使い尽くしたキャラクターで、冒険して惨敗した先達も多いのもゴジラ映画の特徴だ。
ようするに「もう好きにやっていい(時期の)コンテンツ」だったのだ。
ところがドラクエはそうではない。作った人も当時の関係者も、リアルタムで遊んだ熱狂的なファンも、まだまだ元気だ。
シンゴジラが庵野秀明という人にとっての「俺のゴジラ」なのに対して、ドラクエの舞台は「みんなにとってのドラクエ」を作らなければいけない段階なのだ。
そういう意味では「俺はここが好きなんだ」とか「俺の原作解釈はこうなんだ」という、思い入れ過剰なリブート物はとても観やすい。
全方面の観客(プラス関係者達)に気を使った作品より、ずっと伝わるものがある。
ヤンサン的に言えば「いい意味でナガブチ」なのが「シンゴジラ」で、「悪い方向にヤザワ」になったのが「ドラクエライブ」だと思う。
この2つの作品については今週の放送で話しますけど、つくずく物事には「その時」というのがあると思う。
ゴジラだって各方面に気を使いすぎて悲惨な映画ばかり量産していた過去があるし、今回のシンゴジラも震災前には絶対に生まれない映画だ。
大量の言葉の空虚さを超えて「言葉に出来ないもの」を伝えているのも、「言葉が無力化した」この時代だからこその表現に思える。
本当に幸運なタイミングってのはある。
あるけど、それはどうにもできない。
そういう「惑星直列を待つしかない」なんて辛すぎるって普通は思うだろう。
僕も長い間「幸せは成功なるものの後に訪れる」と思っていた。
ところが現実はそうじゃない。幸せは「成功なるもの」を追いかけている時間にその濃度を濃くするものなのだ。
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「お前はすでに幸せだ」
先週の生放送では、「素敵な瞬間」が何度も訪れた。
4人の漫画家が1つの漫画を生み出す、という生放送だ。
それぞれがエンターテイナーなので、漫画以外のことでも観てる人を楽しませようとする。それを観ている「漫画好きな2人のおじさん」は目をキラキラさせながら、プロの仕事を目の当たりにしてはしゃぎまくっている。
そんな「おかしな時間」の中で少しづつ漫画が完成していった。
芸達者なだろめおんと、サービス精神の塊である春原ロビンソンが、期待通りの大暴れをしてくれたけど、実はその裏で目立たないけれど大活躍していたのがONE君だった。
観てくれていた人には伝わったかもしれないけれど、キモになるアイデアや、ストーリーの暴走を巧みに食い止めているのが彼だったのだ。
僕は今回「最終的なまとめ」をするのに徹するつもりでいた。
僕が「こうしよう」と、言ってしまうと彼らの意見が出にくくなると思っていたからだ。
あの時僕らは「売れよう」という目的で漫画を描いていなかった。
純粋に「みんなで漫画を作る」という「楽しいこと」に没頭していたのだ。
これが「幸せ」でなくて何なのだろう。
「一緒に何かを創る」ってだけで、すでに僕らは「天国」にいるのだ。
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そんな「創る喜び」が放送で伝えられれば、僕の目的は達成されていたんだけど、見事に僕もその「創造の多幸感」に浸っていた。
番組後半に自分の漫画の作業が終わって「何か手伝えることある?」と、ONEやロビンソンの原稿を手伝っていた時などは正直「最高の気分」だったんだ。
人は「成功」を「ゴール」にしてしまう。
でも「成功」なんて「努力」でどうにかできるものじゃない。
それならそんな「成功なるもの」を追いかけつつ「その日の幸せ」を「その日のゴール」にすればいい。
今日の自分の出来ること(手伝えること)をやっていればいいのだ。
それではコミケでお会いしましょう。
来られない方は放送でお会いしましょう。
夏に負けんなよーーー!!!!
 山田玲司

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企画編集:山田玲司
矢村秋歩
発  行:株式会社タチワニ
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