コラム 2017.06.24
【第38号】「アニーの明日」は本当に幸せか?
僕が漫画でデビューした頃の事です。
原稿を持って講談社の「モーニング編集部」に行くと、当時の編集長が僕に声をかけてきました。
彼は元・“手塚番”で、『三つ目がとおる』の担当だった人です。目がいつも笑っていなくて怖い人でした。
彼は当時20歳の僕に言いました。
「24時間漫画のことだけ考えろ!」
そんなわけで、今だに寝ても覚めても漫画の事を考えています。
特に新連載の準備の時は何をしていても漫画の事ばかりです。
そんな中でも、ろくでもない政治(経済)と歪んだ報道の件は耳に入るので、今週はかなりハードでした。
漫画に煮詰まると、とにかく映画を観ます。
その映画に作り手の「聖なる魂」を感じると、疲弊していた心と体が回復して、「先輩、俺も頑張ります!」という気分になるからです。
ところが、そうでもない「魂を売って、商売だけの映画」なんかに出会うと(しょっちゅうだけど)力を奪われます。
「映画アニー」を許せるか?
そんなこんなで流行りのリブート版「アニー」も観てしまいました。
僕はミュージカルが基本的に好きなので、そこは問題ないんだけど、この映画はなかなか「イライラさせられるもの」がありました。
基本構造は『シンデレラ』『足長おじさん』とか『花より男子』なんかのバリエーションの1つで「貧しいけど心は豊かな子が、金持ちだけど何かを忘れた大人(の心)を救い、そして(金銭的に)救われる」という話です。
つまり、「金持ちに自分を認めさせて金持ちになる」という話です。
時代が不景気だと「お金持ちに助けられたい」という本音と「貧しくてもプライドは捨てない」という、2つの気持ちを満たしてくれるコンテンツが求められるのでしょう。
今回のアニーは現代的な解釈や設定などが入っている上に、映像的な気持ちよさに力を入れているので、これを映画館で観てしまっていたら、あの「圧倒的な曲の力」も相まって騙されそうだけど、今回僕はDVDで家での鑑賞。どうしても「作り手の魂の不在」に目がいってしまうのです。
登場人物は「色々とまともそうなこと」を言っているけど、「アニーの価値」がちゃんと描かれていないので「結局金持ちが偉いの?」という気分になるわけです。
前回の放送で少し触れたけど、ドラクエやワンピースなどの「選ばれしもの」であればそれでいい、という世界では、「選ばれなかったものに努力の余地がないという問題がある。
「アニー」は「選ばれなかったもの」が、なんとなく「選ばれた」という話で終わっています。
しかも、あくまでもその選択権は「金持ち」にあって、同じ立場だった孤児の友達は、「選ばれなかった」というだけの理由で何も変わらないわけです。
それならせめてアニーには「選ばれるだけの価値」がある、という部分はしっかり描いて欲しいんだけど、それがちゃんと描かれていなかったのが最大の「がっかりポイント」でした。
「アニーの価値」とは何か?
この「シンデレラ型物語」には、「貧しい者の価値」という事がとても大事にされてきました。
シンデレラは働きものだし、『花より男子』の主人公も庶民が失っていない「精神的なまともさ」を売りにしている。(つまりはプロレタリアですね)
選ばれただけで金持ち特権を得るなんて都合が良すぎる、という気分に「こういう良いところがあるんだよ」と描いて、観客を納得させるようにしてきたわけです。
その点、今回のアニーでは単に「元気で歌の上手い、よく踊る女の子」に見えてしまう。
ここまで書いておきつつ実は僕はアニー型のキャラは嫌いではないんです。
孤児で辛い事も多い10歳の女の子が「私は平気よ」と言い「おじさん大丈夫?」とまで言う。
そういう「貧しくても明るく生きる」ことが出来るのがアニーの本当の素晴らしさだったはずだ。
つまり、欲しかったのはアニーを幼女にする大富豪の「君はこんな(辛い)時でも笑えるんだね」というセリフなのだ。
実は主題歌の「明日は幸せ」という歌詞すら疑問だ。
本当のアニーは「今日も幸せ」なはずなのだ。
「無名で貧乏でも、明るくて優しい」という庶民の価値こそ、この手のコンテンツでは絶対に描かなければならない重要なテーマなのだ。それができるからアニーは凄いのだ。
全てのコンテンツは観る人の解釈次第なので、これはあくまで「僕にとってのアニー」なのだけど、そこを大事にすればアニーも少しはいい映画になると思う。
「何もない」という寅さんの価値
この「ボロは着てても心は錦」という「貧しきものの尊さ」を描いたコンテンツに『男はつらいよ』や『裸の大将』なんかもある。
これらの作品が『シンデレラ』と大きく違うのは、主人公は初めから「金持ち」になりたいとも思っていないところだ。
どちらもお金はないけど、日々を豊かに生きている。大切なのは「人の心」や「美」だ。
そしてその物語には、そんな高貴な存在の2人なのにこの社会では「旅人」としてしか生きる事を許されていない、というハードな社会批判も入っている。
そして「金が全て」という現実に殺伐としてきた庶民の「まともな心」を思い出させてくれる、美しいコンテンツだった。
『男はつらいよ』では、「寅さんは何もないから世間(金と名声)から自由である」とも言っている。
これは今の時代にきついメッセージを含んでいる。
ここまで政治がおかしいのに「報道」は制限され、多くの人は行動を起こせない。
これは「ここで騒いで、国からの仕事がなくなったらローンが払えない」みたいな不自由さが生んでいるのだと思う。
抱え込んだら(金や地位を持ったら)人生は苦しくなるのだ。
ものさしが逆転する
その昔、誰かが「今トップの人が最下位になって、今最下位の人がトップになることもある」と言っていた。
まさに今がその時なのかもしれない。
「金持ちで有名になることが幸せ」という、当たり前で。品がない事を平然と言っていた時代の終わりを感じる。
大震災も津波も来るだろう。経済は壊滅的でハイパーインフレも来るかもしれない。
原発は再び爆発して、病人と老人があふれるだろう。誰も「日本の未来なんかを羨んだりしない」だろう。
問題はそんな時こそ「笑顔でいられるか?」ということだ。
「本当のアニーでいられるか?」ってことだ。
山田玲司
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Written by
市川 剛史
どすこい喫茶ジュテーム