コラム 2018.05.20

【第164号】「運のいい人」

山田玲司のヤングサンデー 第164号 2017/12/4

「運のいい人」

 

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おことわり:このコラムは、ニコニコチャンネル「山田玲司のヤングサンデー」で配信されているメルマガを全文転載してお送りしています。転載期日が2018年4月下旬以降の号は、テキストのみを抜粋・転載しております。

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もう何年も医者に行かなくてすんでいるくらい健康ではあったけれど、さすがにここ最近体調が悪い。

 

最大の原因は、CICADAの売り上げが伸びない事だ。

あれだけ凄い漫画なのにコミックスが売れず、担当も作画チームも頭を抱えている。

「あのガンダムもヤマトも人気が出たのは、放送が打ち切りになってからだ」みたいな事例はあるものの、毎月「渾身の力」で作っている漫画が2巻の販売初速が悪いというだけの理由で終わるのは、どうにも滅入る話だ。

 

おまけにUMA水族館のアニメ企画も止まっていて、動くに動けない。

 

愛情込めた2つの作品を置き去りにして「次の作品」を作るのか?

そんな事を考えていると、さすがに憂鬱にもなる。そしてヤンサンの放送日がやってくるのだ。

 

そんなこんなで、いつもの「ヨガ」をやる「精神的体力」が残ってないので、体調は悪化して、さらに「ヨガなんかできるか!」という悪循環。

 

そんなこんなで、子供の頃からの「喘息」が久しぶりに起きて、前回の放送は声が最悪になってしまっていたわけだ。

 

「愚痴らない」のは年上の義務だ、なんて言っているので、こんな話はしたくないのだけど、この話は「泣き言」で終わりじゃなくて「その先の話」があるのだ。

 

それは、なぜ僕が「運がいいのか?」という事についての話だ。

 

そう、こんな話をしながらも、やっぱり僕は、「恐ろしく運のいい男」なのだ。

それはなぜか?

今週は改めてそれがわかった。

 

 

今描いている漫画「CICADA」は、漫画が規制されている近未来の話だ。

 

テーマは1つではないのだけれど、この「消された漫画文化」というテーマは、まさに今「消えようとしている雑誌と単行本の漫画文化」の状況に重なる。

 

必然的に「漫画とは何か?」という話にもなる。

つきつめれば、漫画とは「漫画家の魂」と「その時代にそれを受け取った人達の思い出」だ。

 

つまり漫画とは「今は亡き人々の精神(魂)」でもあるのだ。

 

それをテーマにしたCICADAを描くことは、過去の先輩漫画家の全ての「想い」を背負わなくてはいけないのだ。

 

売り上げなんかより「いい作品」にしなくては「多くの先代」に申し訳が立たないのだ。

 

そんなこんなで、のたうち回ること数日。久しぶりに胃が痛んできた。そりゃあそうだ。並大抵のプレッシャーではない。

この漫画にはすでに手塚先生を始め、池田理代子先生や横山光輝先生などのレジェンドが参加してくれているのだ。

 

そして「その瞬間」はやってきた。

ネームを描いていたら、すべてのキャラクターが、勝手に「自分の言葉」を話し始めたのだ。

作者の僕自身が驚くような、生々しいセリフに各キャラクターの「自然な行動」が重なる。

 

久しぶりに「何かが憑依した状態」だ。

これは、多くの作家も体験している「例のヤツ」だ。

思えば「ゼブラーマン」や「AGAPES」の時も、「アリエネ」時にも「こういう瞬間」が来た。

 

 

どうにもスピってる話だけど、僕が感じたのだから、それは僕にとって「本当の事」なのだ。

そして、そういう「何者か」との共同作業は、作家にとって「最高の時間」なのだ。

何か「大いなるもの」が、僕の背後で、僕の体を使って「美」を生み出すのだ。

そのためにこんなきつい仕事をやっているのだ。

 

想像以上に「生命力の溢れたネーム」が生まれていく。

 

ふと仕事場の暗闇に「手塚治虫」の気配を感じた。

会ったこともない「手塚治虫」なのに、なんで分かるのか?

自分でも頭がおかしいと思うけど、いたのだからしょうがない。

 

そんなこんなで手塚治虫監視の元、ネームを続ける。

そして手塚先生の気配が消える頃には、ネームはかなりのレベルに仕上がっていた。

 

とはいえ「構成」がもう1つの気もする。でも、もう時間がない。

明日はあの名作「アメリカン・ビューティー」の解説をするのだ。

適当な準備では「あの作品」に失礼にあたる。

 

僕はネームを離れて、アメリカン・ビューティーを見直した。

そして、改めてその「完璧な構成」を見直す事になったのだ。

これが、CICADAの助けにならないわけがないのだ。

何なんだこれは!

 

そして、その後に「まどか☆マギカ」9話の分析に入る。

このアニメの作者が伝えようとしている事が「僕が伝えようとしていた事」と大きく重なる事が解ってきた。

これに気がついた人が「まどか☆マギカはレイジ案件」だと言ってくれたのだと分かってきた。

 

まどか☆マギカは2011年の放送。

つまり、このアニメの企画はおそらく「2008年のリーマンショック」の後に立ち上がった企画のはずで、07年の「地球温暖化問題」も作者は踏んでいるはずだ。

 

この作者の希望と絶望は、僕と同じ種類のものだ。

 

そして「同じ想い」を抱えた「社会派のコンテンツ」(まどか☆マギカ)が、時を越えて現在「大人気の名作」として存在しているという事実。

これがCICADAを描く僕の「パワー」にならないわけがない。

何なんだこれは!

 

何が僕の伝えたいテーマであるかは、今週の放送で話すとするとして、ここまで「多くの助け」が続くと、これはもう「大いなる何か」に守られているとしか思えない。

 

思い出すのは、この「まどか☆マギカ」を、2011年当時、元アシスタントの「だろめおん」に勧められていた事だ。

なのに、当時の僕は「単なる暗い萌えアニメ」だと決めつけて、見なかったのだ。

 

「運」というものは、こういう態度をとる人間からは離れていくのだ。

 

反対に、ヤンサンを始めて「みんなの意見」を聞いて。

「レイジにはこれがいいと思うよ」と言ってくれる人の話を聞くようになった後は、全てが変わった。

 

「聞き上手はモテる」なんて、定番の恋愛論を言っていた僕だけど、それ以上に「聞く耳を持つ」という事は「大きな力」があることに改めて気がついたのだ。

 

もちろん「聞かなくていい世間の声」なんてものは沢山あるし、そんなものは「本当の声」じゃないので聞かなくていい。

でも「人の話を聞く気がある」ってのは大事だ。

 

これも昔書いたけど「教えて下さい」と言われたら「教えたくなるし、助けたくもなるのが人間」なのだ。

 

こんな話、10年も前に新書で書いているのに、すぐに忘れて「売り上げ」だの「ランキング」だのの「浮世の幻」に気を取られて忘れてる自分。

「僕は死者だけを信じる」なんて言ってたくせに。

先代が笑ってる。

 

僕はCICADAを描きながら、ずっと「手塚先生助けに来てください」と、冗談みたいに(実は本気で)言っていた。

しばらくすると「手塚先生の娘さん」がやってきて、手塚記念館を貸し切りで案内してくれた。

 

2017年は「そんな年」でもあったのだ。

 

山田玲司

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企画編集:山田玲司
平野建太
発  行:合同会社Tetragon
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