コラム 2018.11.09

【第187号】「論破」をすると不幸が広がる

山田玲司のヤングサンデー 第187号 2018/5/21

「論破」をすると不幸が広がる

 

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おことわり:このコラムは、ニコニコチャンネル「山田玲司のヤングサンデー」で配信されているメルマガを全文転載してお送りしています。転載期日が2018年4月下旬以降の号は、テキストのみを抜粋・転載しております。

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世の中には「理屈人間」という人達がいる。

 

おそらくは僕もその1人だと思うけど、この「理屈人間」には面倒な人が多い。

 

おまけに「自分は論理的思考で理性主義者だ」みたいに思っている割に感情的になる人も多い。

 

もちろん「私は感情のまま生きているの!」みたいな人も面倒ではあるけど、少なくとも「議論」という戦いにはならない。

 

ところが「感情的になる理屈人間」というタイプは扱いが大変だ。

 

何しろ「お前は間違っている」から始まって「すみませんでした、あなたが正しいです」と言わせることがゴール、という設定で挑んでくるもんだから、もはや「対話」ではなく「対決」だ。

 

そういうタイプの人にとって「論破」は勝利であり、目的だ。

 

僕はこういう「勝ち負けの議論」が苦手だ。

 

途中で「なるほど、そういう考えもあるのか」なんて思っても、負けるわけにはいかないから、とにかく相手を全面否定して、自分の論理に多少の「穴」がある事に気づいてもお構いなしに「間違っているのはお前だ!」なんてやるのだ。

 

最終的に負けてあげないと「終わらない人」なんかも多い。

それで「俺たち分かり合えたな」なんてなればいいけど、そんな事を言うのは大概「勝った理屈人間」だ。

 

負かされた人が「そうだね」とか「勉強になりました」なんて言ってても、後味は悪い。

 

パワフルな理屈人間との議論は、結局誰かが「負けてあげないと」終わらない事が多い。

 

【論破された人の気持ち】

 

僕もかつてはそんな事をしがちだった。

特に付き合っている彼女との間ではそれが多発していた。

「僕は正しい議論」を彼女に向かってやるのだ。

 

そして彼女を論破しては「女は感情で生きているから何もわかってない」とか思っていたのだから、本当にバカだ。

 

ところが、その時「理屈で勝った」からと言って、その後2人が幸せになるかと言えば、そんな事はない。

 

議論で勝つために「相手の気持ち」やら「そういう考えに至った経緯」なんかを無視して、自分が信じ込んでいる理論で畳み掛けるものだから、相手にとっては「理屈はわかるけど、何かムカつく」となる。

 

そんなこんなで議論は終わり、2人の間は「嫌な空気」になる。

そこでいくら「だから女は・・」なんて言っても、幸せにはなれない。

 

そもそも人間関係に「正しさ」は大して重要じゃないのだ。

 

お互いの「考え」を並べて2人で「最善の策」を探すなら、その先に「幸せ」があるかもしれない。

 

相手を「論破」するのでは「幸せ」にはなれないのだ。

 

どんなに自分が正しくても。

 

【機動隊の気持ち】

絶望に効くクスリの取材では「60年代に学生運動をしていた人」に何人も会った。

その時、印象的だったのは「僕らは自分達が正しいとばかり言っていて、目の前の機動隊の人の気持ちなんか考えてもいなかった」という言葉だ。

 

長く「自然保護活動」をしてきた田中優さんも「論破」なんかしない。

具体的な選択肢を並べてニコニコ笑っているのだ。

 

激しい「闘争」を経てたどり着くのは「相手を知ること」だと言う。

 

【わからんのだ】

 

そうは言っても、自分の人生で苦労して掴み取った「考え」を、簡単に譲る気にはならない人もいる。

「相手がバカなのだから仕方ない」とか「ぶつからないなんて物足りない」という人もいるだろう。

 

組織の中で決定権を持つ人を説得しないと動けない時なんかにも「論破」が必要だと思ってしまう。

 

それでも僕は「論破」は危険だと思う。

「わかって欲しい時」は、まずは相手の言い分を聞くところから始めるしかないのだ。

 

相手の言い分も聞かずに、自分の考えを押し付けてくる人は、相手にされなくなるだけなのだ。

 

突き詰めて行けば、あらゆる意見が「曖昧」で「流動的」だとわかる。

「正しいかどうか?」という考え方それ自体「信憑性が無い」のだ。

 

死ぬほど考えてきた「哲学の巨人」の多くが、最後は「わからんもんだね」なんて言っている。

あえて「正しい事」とは何かを定義するなら「双方が可能な限り幸せになれる選択」なのだと思う。

 

論破した時の「自分は賢い」という、一瞬の「快感」

 

そのために、周りを不幸にするのは、結果的に自分も不幸にしてしまう。

 

それより一緒に「いい方法」を考えたほうがいいし、そっちの方が「自分の方が正しいバトル」より案外難しいし、レベルの高い解決法なのだ。

 

小学校ではこういう事を優先に教えたいものです。

 

山田玲司

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企画編集:山田玲司
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発  行:合同会社Tetragon
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