コラム 2017.08.15

【第90号】ウミウシに学ぶ最強の生き方とは?

山田玲司のヤングサンデー 第90号 2016/6/27
ウミウシに学ぶ最強の生き方とは?

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〜弱すぎる男の心問題〜
攻殻機動隊で印象に残っているのは、敵のマシンの頑丈な装甲を強引にぶち壊す、というシーンだった。
悲しい中年オヤジのバトーは馬鹿でかいバズーカ抱みたいなのを持ってきて、闇雲に装甲を破ろうとするのに対して、孤高の機械刑事、草薙素子は筋肉をみなぎらせて力で装甲を剥がしにかかる。
この作品は「固い殻」に守られた「ゴースト」についての物語に見えた。
ゴーストは「魂」だの「意識」だのの事だろうけど、言い換えれば「心」の事だと思う。
攻殻機動隊(特にイノセンス)はもったいぶって語られる分、大層なことを語っているかに見えるけど、大昔から言われてきた「私」はどこから来たのか?「私」は何者なのか?というテーマの深層に切り込んでいるようには見えない。
どうしてもこれは「頑丈な甲羅に守られた弱い心にまつわる寓話」(イメージ映像)に見えてしまう。
「弱い心」とは「孤独な男の心」だ。出てくる女(素子)の心は、とても弱くは見えない。
だからこそ、弱い男は彼女に憧れ、彼女を追いかけたくなるし、彼女を失うと寂しくて「生きることに飽きてしまう」のだ。
僕ら男達は、見かけよりはるかに心が弱い。
傷つきたくないくせに、プライドが高く、常に褒めてもらいたいと思っている。
否定されるのが嫌なので、先手を打ってわざと「自分はモテなくていい」とか思ってもない事を言ったりする。
昨今の「彼女なんか必要ないと思う」なんて言っている男のほとんどが、「欲しい」と言ってしまうと「彼女が欲しいくせに女に拒まれてる情けないヤツ」と思われるので、「必要ない」とか言ってるだけだったりして泣けてくる。
そんな「彼女なんかいりません発言」は、自分の心を守る大切な「甲殻」だ。
僕らはそんな「甲殻」を何種類も抱えて生きている。膨大な知識も、理論武装の為の大事な材料だ。渋いバイクとか車、センスのいい服、なんかも「怯えがちな自意識」を守ってくれる。
住んでいるイケてる土地や建物、付き合っている連中や、所属している団体、行きつけの店、なんかも「弱い自分」を守ってくれる武装アイテムだ。
村上春樹の初期作品に出てくる大量の「気取った情報」もまさに、甲殻だ。
そしてイノセンスやエヴァンゲリオンに出てくる大量の「もったいぶった小難しい情報」もまた、たいしてモノを知らない男達をなんかいい感じに「武装」させてくれる。(気分になる)
何も怒るような話ではなく、それらのコンテンツは「そういう商品」だったのだ。
そういう「甲殻」が必要になるほど、男たちにとって「現実の女の子」の視線は厳しく、彼女たちは魅力的な容姿(擬態)をしながら、容赦なく「キモいんだけど」と、男の繊細な心をぶった切ってくる。
とはいえ、実は女の子の側の人生でも同じ様な事が起きていて、綺麗な女に怯える若い男や、愛される事を諦めかけた痛々しいおじさんたちのデリカシーのない視線や言葉に傷つけられている。
「太った?」とか「うっせーよ、ブス」みたいな愚かな発言を平気で言う哀れな男達も存在するからだ。
かくして、双方が「甲殻機動隊」になって互いの「ゴースト」は孤独に震える、と言うわけだ。
そう考えると、男はそんな自分の固い甲殻を、女の子に力任せにこじ開けて欲しいのかもしれないし、
女の子もまた自信満々な男に「壁ドーン」と、自分の固い甲殻を破って欲しい、って話だろうね。
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〜バトー問題〜

映画攻殻機動隊のラストでは、ネットで生まれたハイスペックな「生命体?」の人形遣いに、ヒロインの素子は結婚(みたいなもの)を迫られ、2人はネット上で融合することでそのステージを上げて消えていく。
これは男女が共に人生を生きる覚悟を決める、というメタファーだろう。
かくして孤独な中年バトーは1人残され、観ている男性の多くが、彼の悲しみに感情移入してしまうだろう。
でも、そもそもバトーは素子に「融合したい(結婚したい)」とは言っていないし、残念ながらその立場にない。
立場を越える勇気も出せないまま、彼女の後を追っていただけだ。これでは全てを捧げた「人形遣い」に勝てない。
彼は素子の全てを受け入れ、素子もまた「自分が消えるリスク」を知りながら、彼を受け入れるのだ。
ここで語られているのは、勇気ある完全な献身をする覚悟のあるものが、次のステージに行けるということだ。
遠くからバズーカを打つだけみたいな行動では、彼女の心の甲殻は開けられないって話で、行き着く所、好きな女を失いたくなかったら、つまんねえ自意識なんか捨てる覚悟を決めるんだな、って話なんだよね。
〜最強の軟体動物〜
ところで、番組の中でマクガイヤーさんと「生き物の話」になって、嬉しかったんだけど、この時に話した「ウミウシの話」は実にこの件を象徴する生き物だ。
ウミウシの仲間はかつては貝の仲間で、進化の過程でその殻(シェル)を捨ててしまった恐ろしい種族だ。
そんな甲殻無き貝類は様々な方法で自分を守っているんだけれど、ウミウシの仲間にはクラゲを食べて、そのクラゲの持っている「刺胞」と呼ばれる、毒針カプセルをいっぱいお腹などに抱えている。
殻がないからと言って、魚なんかが、うっかり彼らを食べてしまうと大変な事になるのだ。
ウミウシの仲間には猛毒のカツオノエボシが大好物だってヤツまでいるのはこの戦略があるからだ。
ウミウシは「猛毒を持つ他者」を自分の中に受け入れてしまうことによって、他のモノたちに食べられずに「自分(個)」でいられるのだ。
これは中々興味深い。
自分というものにこだわって、他者を受け入れることができないと、その生き物は「弱いまま」だ。
面白いことにこの話はマクガイヤーさんの専門の「免疫」の話にもリンクしている。
食中毒を起こす「O157」に強い人は家畜が近くにいる生活をしていた人だと聞く。家畜の糞や牧草に居る微生物が体内に入る事で「免疫力」が高くなるからだそうだ。
排除、排他した者より、受け入れ融合した者の方が強い、というわけだ。
こうなるとイギリスのEU離脱は明らかな「後退」だろう。フランスのサッカーチームが強かったのは移民のおかげでもあったわけだし、ジダンも移民。ズートピアはその多様性の輝きを賛美した映画だった。
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〜女は化物?〜
ちなみに、番組の中で「女は化物」と何度も言ってましたけど、これはイノセンスの中の話で、僕自身は「女の全ての正体は化物だ」とは思っていません。
男女問わず、常日頃「やさしい言葉」をかけていれば、ほとんどの人は「やさしい言葉」をくれるものです。
「化物になる」のではなく、「天使」を「化物」にしてしまう、「不幸な状況」があるだけなのですよね。
「異性と付き合う」という事は、何も「自分を殺すこと」と言う話ではありません。
それまでより幾分か「寛容」になって、相手を許すことが必要となるってだけの話です。
「それまでの自分」を抑える覚悟を決めて、他者と融合してからの人生ってのは、確かに「自分だけを甲殻で守っている時代」よりも「広大」になるものです。
関わった人間の質量が多様になるほどに人生は広がっていくからです。
最後に「ウミウシの話」に戻るけど。
「君の毒で僕は守られる」って、ヤバくていいねえ。怖かった彼女の「毒針」も、カプセルのまま自分のお腹に飲み込んでしまえば、簡単には食べられない。
いつか「生物の話」もやりますね。
では、今週も甲殻と融合、寂寥と蜜月の間で、あるいは「人生」を楽しんでね。
 山田玲司

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企画編集:山田玲司
矢村秋歩
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