【第162号】ドキュメント「あなたの傘はいりません」
ドキュメント「あなたの傘はいりません」
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おことわり:このコラムは、ニコニコチャンネル「山田玲司のヤングサンデー」で配信されているメルマガを全文転載してお送りしています。転載期日が2018年4月下旬以降の号は、テキストのみを抜粋・転載しております。
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大混乱の日々は続いていた。
CICADAの連載が佳境に入っているのだ。
しかも、今回のこの漫画は「子供が死に直面する話」だ。
そう簡単に「彼らの気持ち」になれるわけではない。
浅い気持ちで描いてしまうと、昨今流行りの「感動ポルノ」になりかねない。
ここで描き手の自分が「同じ気持ち」になれるまで、精神的に潜り込まなくては、昨品が「嘘」になってしまうのだ。
それだけは避けなければいけない。
家にいると寝落ちしたり、掃除に逃げたり、SNSだの何だので、集中できないので、ここはファミレスだの喫茶店だののハシゴに行く。
スマホは置いて、カバンにはネームノートと「手塚漫画」だけ。
それでもネームができないまま数時間、集中の限界を越えたので、コーヒーでもたれた胃を抱えて仕事場に戻ろうと車に乗り込んだ。
唐突に土砂降りの雨が降ってきた。
そんな雨の中、車を走らせていると、田舎道をずぶ濡れになって歩いている、気の毒なおばさんが見えた。
この先しばらくはコンビニみたいな逃げ場のない田んぼだらけの道なのだ。
だからと言って「乗りますか?」と言うのも変だし・・と、思っていたら、思い出した。
僕の車には「安いビニール傘」が何本もあるのだ。
僕は面倒くさがりなので、いつも傘を持たないで家を出るので雨になったらその度にコンビニとかで安い傘を買ってしまう。
そのくせ目的地の着いた時に晴れていたら、傘を車に置きっぱなしにしてしまう癖があるので車の中は傘だらけなのだ。
僕は「ずぶ濡れおばさん」の横に車を寄せて傘を出して「使います?」と声をかけた。
すると、その人は「いいです!」と、即断ったのだ。
・・・・・・・・
確かに僕の見た目は「危ない人」に見えなくもない。怖がらせてしまったのかもしれない。
お金でも取られると思ったのだろうか・・・
僕は「人の役に立ちたかった哀れなモンスター」みたいな気持ちでその場を去った。
まあこれはこれで仕方ない。切り替えて翌日の「ブレードランナーの解説の準備」をしなくてはいけないのだ。
公式放送で「あのブレラン」の解説だ。
鋭いマニアの期待にも答えなければいけないけれど、沢山の映画解説者がすでに「ブレラン」の徹底的な解説や分析をしているのだ。
中には「たいして面白くなかったから全面的にネタバレで話します」とか、やっている人もいる。
確かにそこまでやれば面白い放送になるのがわかる。
今回は僕もそうしよう・・・その旨をツイートしておけば大丈夫だろう。
僕は「ネタバレする事」をツイートして、完全ネタバレでなら説明できる「この映画の中核部分」の解説の準備をして、そのオチとして「この映画は山下達郎だ」という、オリジナルな「ユーモア」を保険にして「ブレラン解説」に挑む事にした。
しかし、いざ本番になってネタバレの部分に入ろうとしたら、相棒のおっくんが物凄い強さで「ダメですよその先のネタバレは!」と、止めにかかった。
「うるせえ!昨日ツイッターでネタバレするって言ってあるんだ!関係ねえ!」
なんて言ってもよかったけど、おっくんの言い分にも一理ある。
そもそも「ヤンサンの取り決め」で「公開中の映画のネタバレはしない」と決めていたのだから、正しいのは彼の方なのだ。
彼は僕ら作り手よりも「見る側の幸せ」を大事にしている人間なので、とにかく「ネタバレ」には厳しい。
これは「いいこと」なのだ。
しかも前半ではしゃぎすぎたので、ネタバレ回避しながら「その核心」を解説するにはあまりにも時間がない。
時計を見ると、すでに「残り5分」を切っている。
焦っているので、せっかく用意した「ミソジニーが脱自然界とリンクしている」という話も的確に伝えられていない感じだ。
僕は開き直って笑いながら、「用意した核心部分」を全部すっ飛ばして「ブレランは山下達郎だった」というオチだけつけて、公式放送を逃げ切った。
最悪だ・・・
番組の評価は悪くなかったけど、僕の用意していた解説は全体の7割程度しか伝えられなかった・・
僕は猛烈に反省していた。
CICADAの打ち合わせまで1日しかない。
切り替えなければネームは描けないのに、頭の中は「放送の後悔」でいっぱいだ。
「僕がこんなだから、あのおばさんは傘を受けとってくれなかったのだろうか?」
なんてバカな事が頭をよぎる。
ツイッターのタイムラインは、地上波で放送されたばかりのシンゴジラのネタであふれている。
「まずは君が落ち着け」
なんてツイートが目に入る。
そうだ、落ち着こう。
僕は「わが町浅草」に向かった。
こういう時は、あの「待乳山聖天」に行くべきなのだ。
待乳山はあの「歌川広重」も描いた山なのだ。
お供えの「大根」を抱えて本殿に入り、ご本尊に祈った。
何だか全てが流されていく。
ネームの締め切りまで残り18時間なのに、大丈夫な気がしてくる。
観光客でごった返す浅草寺の新仲見世を歩いて帰途につく。
そういえば、30数年前、17歳の僕は予備校生で、美大受験に怯えながら同じ道を歩いていた。
描いても描いても絵は上達しないまま時間だけが過ぎていた。
心は不安で一杯で、かじかんだ指は油絵の具で汚れていた。「あの日」が蘇った。
「あの頃の未来」に僕は今立っていて、それは想像以上に「幸せな場所」ではないか。
僕は何をそんなに混乱しているのだ。
さすが「浅草」
こうして僕の中の「暴走ゴジラ」は、ようやくおとなしくなったのだった。
ゴジラの傘なんか怖くて受け取ってくれないもんね。
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平野建太
Written by
ナオキ
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