【第28号】孤独の効果
「沖縄の人に漫画を教えるプロジェクト」も進行中なのだけど、最近の激務と様々なノイズで混乱した頭を沈めるためでもありました。
番組の中でも言いましたが、年中「友達」という集団の中にいると「自分」を見失うということがあって、 僕はこれは「危険な事」だと思っているのです。
もちろん、友達は情報をくれるし、共有する喜びで心を癒してくれたりもします。
一緒に思い出を作って年を重ねていくのもいい。
何より人生の幸せの多くは「他人と分かち合う」ということの中にあるからだ。
僕も友達は大切だと思っている。
でも、なんとなく「友達集団」の世界に閉じこもっていると、大切な「サイン」を見失う。
それはスピリチュアルな話ではなくて「このままだと危ないよ」というサイン。
「コンクリートの橋に入ったヒビ」が見つかるみたいな事だ。
「手が痺れる」と思っていたら脳に異常があった、とか。
車の小さな振動がパンクの前兆だったり、
未来の危機に気が付く人はそれを回避できる可能性が高い。
そういう「サイン」を見逃していると「破滅に向かって猛スピードで走っている」のに気が付かない事もあるのです。
ところが「みんな」でいるとその「サイン」は見逃されることが多い。
おまけに「みんな」という群れは「大変な事になった」とパニックを起こすか、「きっと大丈夫だよ」と根拠もなく決めつけたりする。
「みんながそう言っているから大丈夫」という「大丈夫」は、本当に大丈夫なのだろうか?
誰もいない海
沖縄に行くと僕は「誰もいない海」に行く。
誰かと行く事もあるけど、1人で行くことも多い。
今回は信じられないくらいに海は凪いでいて、海面は鏡の様だった。
しばらく海に浮かんで空を見ていた。
頭の中に渦巻いていた「言葉の数々」が溶けていく。
これは森の中や川を見つめている時にもあるのだけど、1種の瞑想だ。
そこで、僕の心は「本当にやるべきことは何か?」を教えてくれる。
あらゆる理屈を超えて「僕は何がしたいのか」「僕はどこにいるのか」教えてくれる。
そして「僕のどこにヒビが入っているか」教えてくれるのだ。
御多分に漏れず、僕もパソコンとスマホを眺める時間が多い。
20年前はもっと空を見ていた。足元の雑草に咲く小さな花を見ていた。鳥の声を聴いていた。
沖縄の友人は画家をやっていて、「毎朝、鳥の声で目が覚める」と言っていた。
そして彼は窓を開けて、静かな風を受けながら「二度寝」をするらしい。
「その瞬間、自分は本当に幸せだなあって思う」って言っていた。
彼の絵には「暖かで透明な空気」と「生き物たち」それに「幸せ」が描いてある。
「孤独」というのは言われているほど悪くない。
他者を否定して「自分の世界に籠る」時期は「自分との対話」ができるし、「自分のこと」がどうでもよくなって「外の世界」が見えるようになるれば「鳥の声」が聴こえるというわけだ。
「騒がしい日々」が続いたら、どこかお気に入りの場所に1人で行くのをお勧めします。
沖縄まで行かずとも、地元の神社の森でも、河原でもいいと思います。
自分のどこにヒビが入っているか?鳥の声は聴こえるか?
それを知るのは、大事な事だと思うのです。
山田玲司
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メルマガ発行日 2015/4/13
Written by
市川 剛史
どすこい喫茶ジュテーム