【第6号】政治的発言は世界を変えるか?
ツイッターを見てると、どうしても何か言いたくなる事が起きている。
「原発の汚染水が2兆ベクレル海に流されてる」とか
「政府は福祉を削って海外に500兆円以上の援助を決めた」とか
「エボラもエイズもアメリカの作った生物兵器」だの、まあ事実かどうかは別にして盛り上がりそうな話題で溢れてる。
岡田斗司夫ゼミに僕が呼んでもらった時はちょうど「集団的自衛権」について岡田さんが語っていた回でした。
その時岡田さんが「山田さんはどう思います?」と聞いてくれたんだけど、僕はその時、口にバツをして「ジャパンジャパン、言えません言えません」と回答を避けた。
本当は言いたい事がたくさんある話なのだけど、断片的に情報を流されてしまうと本意が伝わらないと思ったから話さなかったわけです。
もう1つは冗談ではなくもう日本では強い情報規制がかかっていて、迂闊な発言は即何等かの圧がかかってしまうのです。
僕の友人(とてもリベラルな人格者)の何人かは政府のブラックリストに載っていて、テレビに呼ばれる事はない。大手マスコミは「自主規制」という形をとってはいるけど本当は明らかな圧がかかっているのが僕の印象だ。
こういった有料のメルマガでさえ内容によっては「圧」がかかる可能性があると思う。
じゃあ山田玲司はこんな社会で何も発言しないで「人ごと」として世の不平等や不正を見て見ぬふりするのか?と言われると、そんなわけはないです。逃げません。
やり方を変えたのです。
そもそもがラブコメ漫画家として社会に認知されたとはいえ、その漫画の中身はエコだし社会派だし、その後の漫画でも「反核」「性差別」「地球温暖化」なんかを描いてきたわけで、こんなにひどい時代に何もしないでいるなんてできるわけないのです。
その昔、反日報道で世間が煽られていた時うっかりブログに「じゃあこっちは謝罪デモで応じたらいいんじゃない?」みたいに書いて大炎上した時は何も知らな かったんまいったものです。その場でブログを止めてパソコンを何年もオフラインにしてました。今「ネトウヨ」なる人たちの正体や「絡む人」の背景なんかが バレてしまっているのでだいぶ楽になったものまともな議論なく袋叩きでは気持ちも引きますよね。
僕はその経験から絶望に効くクスリの対談で社会と戦っている人に会うと「どうすれば世界は変えられますか?」と聞いてきた。
その結果「こんなのまちがってる!」と思った時にネットで発言したり、デモに参加したり立候補したりする以外の方法が沢山ある事を学んだのです。
特に仲のいい環境系の友人は冷静です。
ネットではあくまでも中立の立場で感情を抜きにして検証、分析、そして何より「具体的解決方法」を提示するのです。
常に明るくオープンで戦闘的ではありません。
原発の問題にも、まず自分の家を太陽光発電で賄えるようにして電力会社からの送電線を切ってしまうのです。
インセンティブの問題を知り尽くしてるので、実に冷静に「こっちのほうがお得ですよー」と誘導するのです。
そんな中に「郵便貯金に入れたお金は戦争と環境破壊に使われてます」みたいな情報を入れて「戦争と環境破壊を止める方法の1つ」を伝えたりします。
僕はこの方法にしびれました。
とはいえ僕は漫画家なので彼らともまた違う方法で「世界を変える」と決めました。
この件に関してはまた書きますね。
とはいえ、やはり体を張っている人を見てると熱い気持ちになります。
絶薬に出てもらった山本太郎氏の「永田町恐怖新聞」の熱さも心打たれますしね。
盟友、千葉麗子は父親が福島市役所の職員で、最愛の祖母も福島の人だった。
彼女は子供の頃の思い出も大事な人たちもみんな「福島」にあるのだ。
父親も祖母も今は亡くなってしまっていて、彼女は葬儀で喪主を務めている。
そんなチバレイの「脱原発のための戦い」はあまりに不器用で、誤解や攻撃も激しくて見ていてハラハラするのだけど、それだけに余計心を打たれる。
彼女がステージで「福島返せ!」と叫ぶ映像はやばい。
その姿は、したたかな長期戦を決めた僕に「熱い何か」をくれるのです。
やり方は慎重に「笑顔で」いかないと効果のある行動にはならないと分かってはいても、
本当は僕も心の底から怒っているのです。
核? 戦争? 冗談じゃない。いつまでそんな事してんだ人類。
歴史をマシなほうに進めようよ人類。
なんてね。
メルマガ発行日 2014/11/3
Written by
市川 剛史
どすこい喫茶ジュテーム